【第53回】春の祈り―鳥海山をめぐる春と民俗

2019年5月1日

鳥海山の春はまだ浅い。だが、やがて着実に春は訪れることを我々は知っている。春の慶びには、実はいくつも祈りが込められてきた。だからそれが叶う時、歓喜も一入なのだ。

春は遠からじといっても新春という正月初めには、先ず吹浦(遊佐町)大物忌神社では五日堂祭による年占管粥神事があった。次いで、小滝(にかほ市)金峯神社では七日堂祭があり、いずれも古式豊かで神秘的な祭事が繰り広げられている。そこには五穀の豊凶を占い、その神意に遵って新たな気持ちで農事に取り組もうとする心意気も備わっていた。

2月には初午稲荷祭がある。特に鳥海山北麓一帯では、穢れのない子供たちが鳥海山神の獅子権現を奉じて御頭舞をして廻る巡幸神事である。この時、稲荷神を祭るのは鳥海山祭神と同一の信仰を見いだしているに他ならないのだろう。

4月の初め、鳥海山南麓ではやさら行事が盛んだ。平津(遊佐町)では巨大なわら人形を作り厄難をつけて村外れまで送り出し、樽川・中山(遊佐町)では小さなわら人形を川に流すというプリミティブな雛流しの民俗行事がみられる。やさらは春耕前に身体に影響ある悪霊を取り去り、五穀豊穣に期待をかける祈りの現れでもあったのだ。

鳥海山の春は山麓に暮らす人びとの祈りが込められて、山の雪解けをもたらすといってよい。やがてその水は田畑を潤し、稲作で最も大切な田植えを迎えるのである。



にかほ市文化財保護審議委員 齊藤 壽胤氏

【文・写真】
にかほ市文化財保護審議委員 齊藤 壽胤氏

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