【第93回】遠く離れていても山崩れの縁によって繋がる鳥海山と雲仙岳
2022年9月1日
「6月は鳥海山の山頂が4回しか見られませんでした」と遊佐町の観光協会の方から話を伺いました。私が望んだ7月初頭の鳥海山は、夏晴れの好天に恵まれたため山容の優美さと雄大さが際立って見えました。
私は地形を眺めるのが大好きです。なぜなら地形を読み解くと、大地の成り立ちやそこで暮らしてきた人々の情景が感じられるからです。
現地を巡って最も魅了された地形は、象潟にある鳥海山の山崩れがつくった「九十九島」でした。かつて松尾芭蕉が舟で渡ったとされるこの美しい島々は、地震による隆起で陸地になったのだとか。
不思議な縁で、島原にも「九十九島(つくもじま)」があります。この島々は、雲仙普賢岳の東麓にあった眉山(まゆやま)が、江戸時代に雲仙普賢岳の噴火に伴う地震で崩れたため、その土砂が海に堆積したことで生まれました。
気候や植生、風習や気質など、異なる自然環境や文化を育んできた象潟と島原ですが、山崩れで九十九島が生まれたことは共通しています。山崩れの土砂による島々の形や風景の特徴から、両地域の人々が似たような感性をもっていたからこそ、同じ地名が付いたのではないでしょうか。
そのような九十九島への想いを巡らせながら、島原への帰路に着きました。
—
【文・写真】
島原半島ジオパーク協議会 専門員 森本拓 氏