【第16回】-にかほ市をつくった岩なだれのお話-

2016年4月1日

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大昔のことです。日本が縄文時代から弥生時代に移り変わろうとしている紀元前466年の冬、鳥海山は突然大きく崩れてしまいました。それまで、富士山のような尖った形をしていた鳥海山は大きく北にえぐれた形になってしまいました。今でも秋田県側からみるとそのえぐれた地形を見ることができます。屏風のように切り立った崖が頂上の新山を取り巻いているのがそれです。

崩れた土砂はすぐに流れ出しました。すべり台の上を滑り落ちるように、スムーズに、そしてものすごい速さで流れ落ちてきたのです。その土砂は25キロ離れたにかほ市の平沢地区に、たったの5分でやってきたと考えられています。新幹線並みのスピードですね。

その土砂の量は3立方キロメートル。10トントラックで6億台という途方もない量です。日本国民一人一人にこの土砂を公平に分けると、赤ちゃんから大人までもれなく60トンの土砂をもらうことができます。

この土砂は当時の日本海を埋めたてて、象潟から平沢まで広がる、にかほ市民の住む平らな土地を作りました。にかほ市の方は周りを見回してみましょう。水田や工場の周りに小さな丘が点々としていますよね。大きさは数十メートルくらい。にかほ市以外の方は国道や高速道路を走っていると、まわりに小さな丘があることがわかるでしょう。これらの丘は「流れ山」といって、鳥海山の山頂にあった溶岩が粉々に砕けたものが中に入っています。

芭蕉が俳句を詠んだことで有名な象潟の島々も「流れ山」です。「流れ山」の島々が点々とする湖を舟で回って俳句を詠んだのです。

その後、山頂の崩れた跡地では何度も噴火が起こり、新しい溶岩がたくさん出てきました。その一つが、新山溶岩です。新山溶岩の中には、水の通り道があり、そこを流れてきた大量の水が湿原を作りました。これが獅子ヶ鼻湿原です。そこにはハンデルソロイゴケなどのめずらしいコケがあり、天然記念物に指定されています。

にかほ市民の暮らす土地も、その美しい風景も、そしてその素晴らしい自然環境も、鳥海山が作ったものなのです。


【文・写真】秋田大学教育文化学部教授火山地質学専門 林 信太郎氏
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